
電車のドアのそばに、すらりと背の高い、若い女性が立っている。きもの姿だ。
大島紬の龍郷柄。いかにも今どきの若い女性らしいたたずまいとの対比に心が動いた。
最近では少なくなった羽織と長着のアンサンブルだったこともあって、もう何年も前のことなのに、この柄を見るたびに思い出す。
あのクラシックで少しエキゾチックな紋様は、ずっとわたしの憧れだった。でもどういうわけか、なかなか自分で着るのには敷居が高いと感じていた。
奄美大島紬共同組合のサイトには、いくつかの代表的な柄の説明がある。
そのなかで、龍郷柄について書かれていたのはこんな由来だった。
龍郷柄は、江戸末期に薩摩藩からのお達しから生まれた「大島紬らしい柄」。
「図案師が月夜に庭を眺めていた時にたまたま一匹の金ハブが月の光で背模様をキラキラと輝かせながら青々とした蘇鉄の葉に乗り移ろうとしたその一瞬を図案化したことから始まった。その後、村人たちが競ってハブの背模様と蘇鉄の葉、奄美の花等を図案化し、さらにそこに奄美大島の美しい自然の風土を抽象的に加えて大島紬を作り続けた」という。
これを知って、わたしがずっとこの柄に心惹かれていた理由が、少しわかった気がする。
かわいい、はなやかといった感覚とは違う。プリミティブな生きもの力と、自然によって洗練された造形の妙。わたしは奄美大島を訪ねたことはないのだけれど、その気候や風土、自然、植物や生き物たちの息吹、そんなものを、ことばを介さずに伝えてくるような柄なのだと思う。だからこそ年齢も性別も関係なく、ひとのこころをぎゅっと掴むし、同時にその根源的な強さと品格に、気軽に手を出せないような気がしていたのだと思う。
近年、「日本のゴーギャン」「孤高の画家」と呼ばれる田中一村。アダンの木や実、アカショウビン、色鮮やかな南方の魚たち。彼の作品はどれも素晴らしくて、わたしもいつも心惹かれるが、彼の作品の持つ力をどんどん収斂していくと、月光に背中を輝かせたハブの鱗を写した、この龍郷柄になるような気がする。
ちょっと緊張した表情で電車に乗っていた、あの子。
誰かの大切にしていたきものを、彼女が着たのかしら。

奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんのnoteはこちらより
https://note.com/mimihige