「夏の黒、冬の白ほどおしゃれなものはない」。
若いころ、大橋鎮子さん(雑誌『暮らしの手帖』の創刊者)のコラムで読んだ一文がずっと心に残っていて、今に至るまで真夏でも黒いワンピースばかり着ている。
暑そうに見えるのだろう、夏の黒いきものも敬遠されがちだ。が、わたしははなやかな色とりどりのゆかたや淡い色のきものが溢れる中で、色彩に頼らず、素材や質感で涼しげに黒を着たい。
nonoの黒い麻のきものは、何年も前に一枚目のGritterの次に仕立ててもらったもの(黒無地の夏のきものには、いまだにほとんど出会わない)。下ろしたての麻はなかなかの手ごわさで、肩も肘もつっぱって手こずったものだ。何度も水をくぐってしなやかになり、繰り返し袖を通すことで少しずつ「わたし」になじんできた。この暑さ、襦袢も襟も省略してゆかたとして着る。


根竹の手元、白い麻を張った日傘にはひとめぼれ。どうしてもこの日傘をさして、夏のきもので京都の街を歩きたかった。びっくりするほど長い手元と、これまたびっくりするほど径のちいさな傘地はエレガントこの上ないが、日光を遮るという役目についてはいささか心もとない(本当に暑い日には遮光100%の日傘を使う)。根竹は使い込むほどに飴色に変わると聞く。が、こんな骨も手元も、樫の木の中棒も、今では作れる人が減ってしまい、作れたとしても価格が高くなりすぎるので、もう作れないのだという。
糸芭蕉という植物の繊維でできた羅の半幅帯は軽やかで締めやすく、わたしの夏の定番。生成りやカラフルなものも愛用しているが、ここは敢えて墨黒。合わせる帯締めも潔く差し色は不要、銀と黒のリバーシブル。
アケビの蔓のかごバッグは、十和田湖のほとり、手のかかった東北の工芸品ばかり置いてあるお店で出会った。布や革のバッグと違って変形しないから、ころんころんと嵩張って、持って帰るのに往生したが、黒いレザーの持ち手とも相まって、夏だけでなく冬にも持てる。
烏表の桐下駄(舟型)には印伝の花緒、生成り地の鹿皮に黒漆の細かい市松模様。前ツボにはターコイズブルー。今回、色を入れたのはここだけ。この前ツボというのは意外に目立つもので、ここが暖色系なら涼感は感じない。デフォルトは深紅か臙脂だったのだけれど、この色に替えてもらった。もちろん足袋を履いても良いが、夏は素足で。そのために年に一度だけ、夏の始まる前に、ネイルサロンで足の爪を真っ赤に塗ってもらう。
きれいな色の鳥たちの中のカラス一羽。でも、「カラスの濡れ羽色」とも言う。涼しげで軽やかな夏の黒。背筋を伸ばして、「コンチキチン」のお囃子の響く街を歩く。

奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんのnoteはこちらより
https://note.com/mimihige