お彼岸を過ぎたある朝、いきなり秋が来た。
厄災のような夏の空気は去り、さらりとした風が通り抜けていく。
姿見の前できものを羽織ってみた。
意外なほど髪が伸びていて、ずいぶんイメージが変わっている。
――わたし、いつからきものを着ていないんだっけ?
気温36℃でも、37℃でもきものを着たい!着られる!と意気込んでいたのはおととしだったか、先おととしだったか。しかし、限度というものがある。
6月初めから9月の終わりまで、真夏日、そして猛暑日が続けば、どんなにきものが着たくても、文字どおり命にかかわる。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」、と唱えながらきものを着るなんて、ナンセンス。きものは楽しいもので、辛かったら着なければいい。「きものを着る」こと自体が目的ではない。苦行や修行ではないのだから。
とはいえ、いちども袖を通せなかった、大好きな夏きものや浴衣が脳裏をよぎる。
まだ日中の日差しはきつい。
黒地に濃いグレーの花模様、洗える素材のきものを選ぶ。透けない濃い色なら、中に着るものはどうにでも加減できる。
麻Readyなら襟の抜き加減も心配いらないし、何より前ボタンなので、紐を一本省略できる(この一本で、久しぶりにきものを着るハードルが意外なほど下がる)。
秋になったらこれを締めようと楽しみにしていた、ステンドグラスを思わせる博多織の半幅帯を初おろし。こなれていない固い生地に手こずりつつ、いつもの吉弥結びに、シルバーの帯締めだ。
――さあ、できた。
鏡の中のわたしは、量販店のノースリーブのワンピースで暑さにうだっていた夏と比べると「三割増し」。
ええと、白麻の日傘はどこへ置いたかしら。
日本人にはきものが良く似合うと、改めて思う。
というより、誰にも必ず似合うきものがある。
カフェの窓越しに街を行く人を見ながら、この人には暖色系の小紋が似合いそうとか、きりっとした紬を着てほしいとか。わたしにはんなりした花柄はまったく似合わないけれど、黒系のGritterや江戸小紋、紬ならたいていしっくりくる。まったく逆という人も多いだろう。
年に一度のとっておきの晴れ着も素敵だし、ワンピース代わりの普段使いも楽しい。季節感を大切にした着姿も、シーズンレスの装いも、どちらも美しい。
体型、髪や瞳の色、しぐさ。そして、気候(これは昨今、なかなか対応がむつかしいが)。
きものは、長い時間をかけて、日本人のくらしに寄り添ってきた衣服なのだから。
_____________________________________
本連載の開始からちょうど2年。50回を迎えました。
この機会を作ってくださった上田ご夫妻、nonoのみなさま、そして読んでくださっているみなさまに、心から感謝いたします。いつもほんとうに、ありがとうございます。
これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんのnoteはこちらより
https://note.com/mimihige