41_ポケットの中には

 どうしてポケットに手を入れるのか?――そこにポケットがあるから。

 nonoのSHIKI(Kimono + Apparel)シリーズの商品には、ほぼ確実にポケットがついている(薄羽織や襦袢Tシャツとかは除いて)。

 きものを着ていても、洋服の感覚でつい指先でポケットを探してしまうのだけれど、カーディガン、羽織ジャケット、コート類といったアウター。袴パンツ、巻きスカートといったボトムス。毎度「あ、やっぱりここにあった」という感覚に、わたしはものすごくほっとする。

 深ければよいというものでもない。nonoのポケットはどれも、自然に手が伸びるあたりに、心地よい角度で口が開いていて、なおかつ程よい深さなのでつい手を入れてしまう。これは絶対、意識的に狙って作っているはず。

 社長の上田さんにおたずねしたら、やっぱりそうだった。

 「きものについてのいちばん不満は『ポケットがないこと』」。紐の両端に袋がついたような形状の、「袂落とし」という江戸時代からある小物も使ってみたというが、「どうしても、うまく関係がつくれませんでした」。では、今もののバッグを持てばよいのかというと、男性がきものの時に持つバッグは本当に難しい。あれもこれも今ひとつ決め手に欠ける…と、数が増えるばかりの「バッグジプシー」で、これぞというものにはまためぐり合えていないという。

 この感覚はわたしにもよくわかる。帯の間や袂など、きものには“モノを入れる場所”はたくさんあると言われるけれど、小銭や手ぬぐいならまだしも、財布や鍵だって重くて着崩れのもとになる。何より、今を生きる現代人はスマートフォンが命綱。これをどう身に着けるかは重要問題だ。 

 「本当はね、ポケットなんてないほうがきっと、『着るもの』としては美しいんでしょう。着姿にも影響しますしね。毎回、パタンナーさんとの戦いです」と笑う。そして何よりも「ポケットって、あったかいんですよね」。そう、指先が温まると、気持ちまで温もる。

 nonoのポケットは単なる「ものいれ」ではない。現代の社会で、きものがリアルクローズとしてどう生きていくかを具体化した、ひとつの象徴なのだと思う。

 ひとを待つ、考え事をする、休憩する。

ポケットはそこに「ある」だけで、現代を生きるきものに、呼吸と居場所を与えてくれる。

奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。

岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/

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