09_一長一短

レッスン室の、壁一面の大きな鏡の前で、わたしはいたたまれなくなっていた。

「これは、あかんなぁ…」

受講しているのは、上方舞の入門講座。カルチャーセンターで月に2回、一時間半のレッスンだ。鏡に映るのは、結い上げた黒髪に柔らかなクリーム色の小紋をまとった先生と、ベリーショートに丸眼鏡、男物ですか?と聞かれるほど渋い紬のわたし。とても直視できない。

若いときから舞踊家の武原はんさんに憧れて、彼女をモデルにした小説を愛読してきた。いつかやってみたいけど、敷居が高すぎると諦めていたが、さすが京都。カルチャーセンターの講座ラインナップに上方舞がある!きものの所作もどんなにか美しくなるだろうし、それに堂々ときものを着る理由ができる…という下心もあって、喜んで入会してみたものの、すぐにわかった。残念ながら、わたしには壊滅的に舞のセンスがない。

比べるのも烏滸がましいが、先生は指先からつま先まで細やかに神経が行き届いている上、特別上等な関節が入っているようだ。一方わたしは…タコ踊りである。何回か通ってみて、どんなにがんばってもタコ踊りを脱するのは至難の業と見切って、一期(半年)で早々に退却してしまった。

表向きの理由は、「どんくさいわたしにはとても無理」だが、こころの奥底では、この「髪かたち」をけっこう気にしていたことも否めない。しかも、いつかこれを舞ってみたいと憧れていた演目は、「黒髪」。すっとうなじを撫であげるたおやかな仕草も見せ場のひとつなのに、天高く刈り上げた襟足ではお話にならない。髪かたち、引いては衣装まで含めて「舞い」なのだ。

舞の世界では問題外だったけれど、笹島寿美先生が著書の中で、「短く刈り上げた髪は、不思議にきものに似合う」とおっしゃっていて、意外だったが自信が持てた。毎日の手入れはドライヤーくらい。身長150cmしかないわたしにはバランスも良いし、ブーツや帽子といった洋装ミックスのスタイルにもなじみやすい。毎回セットが必要だったら、こんなに頻繁にきものを着ることはなかったと思う。

画像は普段の岩澤さん。すっきりとしたヘアにお洒落な眼鏡がトレードマーク。

…とはいえ、結い上げた黒髪のきもの姿はやはり、とても美しい。すれ違う方の櫛目のとおった襟足と匂い立つようなうなじを、心の中で指をくわえて見ている。どこかで「酸っぱい葡萄」であることは否めない。そして大抵、こういう方の足元はまぶしいほどの白足袋。ベリーショート歴約20年、襟足が伸少し伸びただけでも鬱陶しくなるくせに、ちょっと伸ばしてみようかな…と思ってしまうのは、こんな時だ。


奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。

岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/

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